Vol.500になりました。この500回の間に、外来の風景は少しずつ変わりました。スマホで症状を調べてから来る保護者が増え、ChatGPTの回答を見せてくれる方もいます。医療情報へのアクセスは劇的に改善しました。
でも、不安は減っていないように見えます。むしろ、情報が増えたぶんだけ混乱している。そんな印象があります。
知識はあるのに安心できない理由#
「子ども 発熱 原因」で検索すれば、100以上の可能性が表示されます。風邪、インフルエンザ、突発性発疹、尿路感染症、川崎病。すべてが「可能性」として列挙される。でも、目の前で熱を出している自分の子どもが、そのうちのどれに該当するのか。それは検索結果からは読み取れません。
ここに、AIと医師の決定的な違いがあります [1]。
AIは「一般的な情報」を提供します。医師は「この子の情報」を提供します。2歳の男の子で、昨日から38.5度の熱があって、鼻水が出ていて、食欲は少し落ちているけど水分は摂れていて、保育園でRSウイルスが流行している。この文脈のなかで「おそらくウイルス性の上気道炎でしょう。水分をしっかり摂って、明日また熱が下がらなければ来てください」と言えるのが医師です。
安心は、知識の量ではなく、文脈のなかでの判断から生まれるものです。

情報処方という考え方#
僕が最近考えているのは「情報処方」という概念です。
薬を処方するように、情報を処方する。つまり、その家庭の状況に合わせて、必要な情報を、適切なタイミングで、適切な量だけ届ける [2]。
たとえば、生後4か月の赤ちゃんを持つお母さんに、3歳児のイヤイヤ期の対処法は必要ありません。今必要なのは離乳食の始め方や予防接種のスケジュールです。逆に、入園を控えた3歳のお子さんの保護者には、集団生活で増える感染症の情報が役に立ちます。
情報処方の考え方では、「たくさんの情報を提供すること」が目的ではありません。むしろ「今は不要な情報を削ること」が重要です [3]。情報の洪水のなかで溺れかけている保護者に、もう一杯水を注ぐのではなく、必要な一杯だけを手渡す。それが情報処方です。
AIにできること、医師にしかできないこと#
では、AIと小児科医はどう役割分担すればいいのか。
AIが得意なのは、膨大な医学知識の整理と検索です。「溶連菌の潜伏期間は?」「ヒブワクチンの接種間隔は?」こうした定型的な知識の提供は、AIのほうが早くて正確なこともあります。
一方、小児科医にしかできないことがあります。
目の前の子どもを診察すること。触れて、聴いて、見て、匂いを感じること。保護者の表情から不安の度合いを読み取ること。「大丈夫ですよ」という言葉に責任を持つこと。長期的な信頼関係のなかで、その家庭の文脈を理解していること [4]。
AIと医師は競合ではなく補完関係です。AIが下調べを助けてくれて、保護者がより整理された形で相談に来てくれれば、限られた診察時間をより深い対話に使えます。これは医師にとっても歓迎すべき変化です [5]。
このサイトが目指していること#
このサイト「みなとん」は、僕なりの情報処方の実践です。
498号分のコンテンツがありますが、すべてを読む必要はありません。お子さんの年齢や症状に合わせて、今必要な記事だけが表示されるように設計しています。すべての記事に参考文献をつけているのは、情報の出所を透明にするためです。
AIの時代に小児科医として僕ができることは、正確な情報を、信頼できる形で、必要なタイミングで届けること。そして、情報だけでは解消されない不安に対して「大丈夫ですよ」と言えること。
500号を書いてきて、改めてそう思います。
今号のまとめ#
- 情報の量は増えたが、保護者の不安は減っていない。文脈なき情報は混乱を生む
- 情報処方: 必要な情報を、適切なタイミングで、適切な量だけ届ける
- AIは知識の整理と検索が得意。医師は文脈の理解と信頼の提供が役割
- 両者は競合ではなく補完関係
- 「みなとん」は情報処方の実践である