今号は、これまでの外来で忘れられないいくつかの場面について書きます。個人が特定されないよう、細部は変えています。でも感じたことは、そのままです。
泣かなかった子#
3歳の男の子が、採血のために処置室に入ってきました。お母さんに手を引かれて、明らかに怖がっていました。唇をぎゅっと結んで、目に涙をためて。でも泣きませんでした。
看護師が腕を消毒している間、その子はずっと僕の顔を見ていました。僕が「ちょっとチクッとするよ」と言うと、小さくうなずきました。針が入った瞬間、体がびくっと震えました。でも声は出しませんでした。
採血が終わって、「すごいね、頑張ったね」と言ったとき、その子は初めて泣きました。我慢していたものが全部出てきたように、わあっと声を上げて泣きました。
お母さんが抱き上げて、「よく頑張ったね」と背中をさすっていました。その子はお母さんの肩に顔を埋めて、しばらく泣いていました。
3歳の子どもが「怖くても頑張ろう」と思えること。それ自体がすごいことです。子どもの勇気は、大人が思っているよりずっと大きい。
「先生、大丈夫だよ」#
5歳の女の子が、喘息の発作で救急に来ました。呼吸が苦しくて、肩で息をしていて、吸入をしながらベッドに横になっていました。
お母さんはかなり動揺していて、「大丈夫ですか、大丈夫ですか」と何度も聞いていました。僕は「大丈夫ですよ、吸入が効いてきますから」と答えながら、酸素飽和度のモニターを確認していました。
すると、ベッドの上から小さな声が聞こえました。「ママ、大丈夫だよ」。
吸入のマスクをつけたまま、その子はお母さんの手を握っていました。自分が一番苦しいはずなのに、お母さんを心配している。子どもは親が思っている以上に、親のことを見ています。
その後、吸入が効いて呼吸は落ち着きました。翌日の外来でその子に会ったとき、走り回っていて、昨夜の発作が嘘のようでした。子どもの回復力には、何年経っても驚かされます [1]。
手紙#
ある日、外来の受付に封筒が届いていました。宛名は「おかけん」。
中には、便箋一枚の手紙が入っていました。
お子さんが長く通院していたご家庭からでした。何度も入退院を繰り返して、外来にも定期的に通っていて。その子が元気になって、通院を卒業することになったとき、お母さんが手紙を書いてくれたのです。
細かい内容は書けませんが、最後の一行が忘れられません。「先生がいてくれて、安心でした」。
医師として、これ以上の言葉はありません。
僕たちは検査をして、薬を出して、説明をする。それが仕事です。でもその裏にある「この人がいてくれるから安心できる」という信頼は、手技や知識とは別の次元にあるものです [2]。
診ているつもりが、教わっている#
小児科医として何千人もの子どもと保護者に接してきて、確信していることがあります。僕が教えていることより、教わっていることのほうが多い。
子どもから学んだこと。恐怖に向き合う勇気。苦しいときでも誰かを思いやる心。昨日の痛みを引きずらない回復力。
保護者から学んだこと。寝不足でも笑顔で外来に来る強さ。自分のことは後回しにする覚悟。「この子のために」という一点に集約されるエネルギー [3]。
医学の教科書には書かれていない、でも確実に僕を小児科医として成長させてくれた学びが、外来の日常のなかにあります。
今号のまとめ#
- 小児科の外来には、数字では測れない瞬間がある
- 子どもの勇気と回復力は、大人の想像を超えている
- 保護者の強さと愛情は、医師にとっても学びの源泉
- 「先生がいてくれて安心でした」。この言葉が医師を医師にする
- 診ているつもりが、教わっている。それが小児科の日常