愛育病院 小児科おかもん だより Vol.327
「産後うつ」、それは甘えではなく、脳と体の変化です
今号のポイント
- 2産後うつは10人に1人(10〜15%)が経験する、珍しいことではありません
- 4マタニティブルーズ(産後3〜5日の一過性の気分変動)とは別物です
- 6パートナーや家族の「気づき」が早期回復のカギになります
こんにちは。愛育病院小児科のおかもんです。
ここから4号にわたって「親のメンタルヘルス」をテーマにお届けします。赤ちゃんの健やかな成長には、お父さん・お母さんの心身の健康が欠かせません。まず今号は「産後うつ」の話です。
Q1. マタニティブルーズと産後うつは違うのですか?
お母さん:出産直後に涙が止まらなくなったのですが、これは産後うつですか?
おかもん先生:出産直後、とくに産後3〜5日ごろに気分が落ち込んだり、涙もろくなることを「マタニティブルーズ」と呼びます。これはホルモンの急激な変動による一過性の反応で、産後の女性の30〜80%が経験するとされています[1]。通常は2週間以内に自然と落ち着きます。
一方、産後うつ病(postpartum depression)は、産後数週間〜数か月にわたって持続する気分の落ち込みで、日常生活に支障をきたす状態です。発症率は10〜15%と報告されており[2]、決して珍しいものではありません。
ポイント マタニティブルーズ=一過性(2週間以内に改善)、産後うつ=持続性(2週間以上続く)。2週間を過ぎても改善しない場合は産後うつを疑いましょう。
Q2. 産後うつにはどんな症状がありますか?
お母さん:具体的にはどんなサインに注意すればよいですか?
おかもん先生:以下のような症状が2週間以上続く場合は、産後うつの可能性があります。
- 涙が止まらない、理由もなく悲しくなる
- 赤ちゃんに愛情を感じられない、世話をする気力がわかない
- 強い不安感・焦燥感がある
- 眠れない(赤ちゃんが寝ていても眠れない)、または過度に眠い
- 食欲の著しい変化(食べられない、または過食)
- 集中力の低下、決断ができない
- 自分を責める気持ちが強い(「母親失格だ」など)
- 死にたい気持ち、赤ちゃんを傷つけてしまうのではという恐怖
スクリーニングにはエジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)が広く使われています[3]。10項目の質問に答える簡便な方法で、産後健診でも活用されています。
ポイント 「死にたい」「赤ちゃんを傷つけそう」という気持ちが出たら、すぐに医療機関に相談してください。これは緊急のサインです。
Q3. どんな人がなりやすいのですか?
お父さん:妻がなるかもしれないと思うと心配です。リスクが高い人はいますか?
おかもん先生:主なリスク因子として以下が知られています[4]。
- うつ病の既往(本人または家族)
- 妊娠中の不安・うつ症状
- 社会的サポートの不足(ワンオペ育児、頼れる人が近くにいない)
- 慢性的な睡眠不足
- 望まない妊娠・出産
- 出産時のトラウマ体験
- 経済的困難
ただし、リスク因子がなくても発症することはあります。「私は大丈夫」と思わず、少しでもおかしいと感じたら早めに相談することが大切です。
ポイント リスク因子はあくまで「なりやすさ」の目安。誰にでも起こりうるものとして捉えてください。
Q4. 治療はどうするのですか?授乳中でも薬は使えますか?
お母さん:授乳中なので薬を飲むのが心配です。
おかもん先生:治療は大きく3つの柱があります。
- 2心理療法(カウンセリング):認知行動療法(CBT)や対人関係療法(IPT)が有効とされています[5]。軽症〜中等症では第一選択になります。
- 4薬物療法:中等症〜重症ではSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬が使われます。授乳中の第一選択はセルトラリンで、母乳への移行量がごく少ないことが確認されています[6]。パロキセチンも比較的安全な選択肢です。主治医と相談すれば、授乳を続けながら治療できるケースが多いです。
- 6環境調整:睡眠の確保、育児の分担、社会的サポートの活用も重要な治療の一部です。
そして私たち小児科医は、赤ちゃんの健診のときにお母さんの表情や様子も見ています。「最近眠れていますか?」「つらいことはありませんか?」とお声がけすることもあります。赤ちゃんを診ることは、お母さんを診ることでもあるのです。
ポイント 授乳中でも治療はできます。「薬を飲むか、授乳をやめるか」の二択ではありません。必ず主治医に相談してください。
まとめ
産後うつは気の持ちようでも甘えでもなく、ホルモン変動や環境変化が引き金になる医学的な状態です。10人に1人が経験するということは、身近にも当事者がいると考えてよい数字です。
パートナーの方へ:「最近様子がおかしいな」と感じたら、責めるのではなく「大丈夫?」と声をかけてください。その一言が、受診への第一歩になります。
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