愛育病院 小児科おかもん先生 だより Vol.370
母親のアイデンティティ喪失:「私って誰だっけ?」
名前で呼ばれなくなった。「〇〇ちゃんのママ」としか認識されない。自分が何を好きだったのか思い出せない。
こんにちは。愛育病院小児科のおかもん先生です。
育児中のアイデンティティの喪失は、多くのお母さんが経験しているのに言葉にしにくい苦しみです。今回はその正体と、自分を取り戻す具体的な方法をお話しします。
「〇〇ちゃんのママ」だけに縮小していく自分
自分の名前で呼ばれることがない。その喪失感には名前がついています。心理学でいう「アイデンティティの縮小」です。
心理学者エリクソンはアイデンティティを「自分は何者か」という一貫した自己感覚と定義しました。育児中は、職業人、友人、趣味人、パートナーといった複数の役割が、「母親」ひとつにグッと集約されていきます [1]。出産前にキャリアに軸足を置いていた人ほど強く感じやすいですし、パートナーがそれまで通り仕事を続けている場合は、その非対称性への怒りも重なってきます。
でもね、あなたは「母親」になりましたが、「母親だけ」になったわけではありません。他の自分はなくなったのではなく、今は見えにくくなっているだけです。
育休のブランクは「空白」じゃない。あなたは成長している
キャリアのブランクが怖い。わかります。でも、育休中に得ているスキルはあなたが思っている以上に多いです。
マルチタスク。危機管理。言葉が通じない相手との意思疎通。限られた時間での段取り力。研究でも、育休後に復帰した女性が新しい優先順位づけや時間管理を発揮することが報告されています [2]。
ブランクは「空白」ではなく「別の経験を積んだ期間」です。オンライン講座(1日15分でも)、業界ニュースのフォロー、育休中の同僚とのつながり維持で、十分にスキルは保てます。
まず出産前に好きだったことを思い出す。次に週1回30分だけ「自分のための活動」をする。そして育児以外の場で「自分の名前」で呼ばれる機会を意識的に作る(オンラインコミュニティ、カルチャーセンター等)。
自分への投資は、間接的に子どもへの投資です
趣味や学びに時間を使うことに罪悪感がある。その気持ちもわかります。でも、お母さんの精神的充実は子どもの養育環境の質に直結します。
自己決定理論では、自律性(自分で選択する自由)、有能感(何かを達成する感覚)、関係性(他者とのつながり)の3つが人間の基本的な心理的欲求とされています [3]。育児中はこの3つすべてが制限されやすく、趣味や学びはこれらの欲求を満たす大切な手段です。

おかもん先生より
自分を犠牲にし続けるお母さんの姿は、子どもにとっても「自分を大切にしない大人のモデル」になりかねません。自分を大切にする姿こそ、子どもへのポジティブなメッセージです。
今号のまとめ
- 「〇〇ちゃんのママ」だけになる喪失感はアイデンティティの縮小による正常な反応
- キャリアブランクは「空白」ではなく「別の経験を積んだ期間」
- 週30分の「自分のための活動」が回復の起点になる
- 自分への投資は間接的に子どもへの投資
- 育児中のキャリア形成オプションは格段に増えている
あわせて読みたい
- Vol.360「もっとちゃんとしなきゃ」が母親を壊す
- Vol.357「育休復帰の不安」
ご質問・ご感想
「こうやって自分を取り戻しました」「育児中にこんなスキルを身につけました」など、体験談やご質問がございましたら、お気軽にお寄せください。
愛育病院 小児科 おかもん先生
本メルマガの内容は一般的な医学情報の提供を目的としており、個別の診断・治療を行うものではありません。お子さまやお母さまの症状についてはかかりつけの産婦人科・小児科医にご相談ください。